佐藤医師はまた、近くの中小企業の産業医をしていた。これは、1990年代に医師会が推進したもので、開業医は地域医療の一環として近くの中小企業の健康にも貢献するべきであるという考え方から推奨されたものであった。講習会などを受けなければならないので、その当時は面倒だと思ったが、最近では、この資格を取っておいて良かったと思う。
今日は検診の日に当たっていたので、午前の診療を済ますと、1キロ離れた町工場の一室で検診をした。かなり顔なじみの人もでき、中には家族が佐藤医院へ通っている人もいる。既に、血液検査とX線所見は出ていたので、これを見ながら、問診と必要なら診察を行って、健康に異常があると思われる人を選び出していった。傍らにあるコンピュータにはこれらの結果が既に入っているので、佐藤医師のコメントのみを伝えると、端末を操作している女性がすぐ入力してくれた。
異常があると思われる人にはかかりつけ医がいるかどうかを聞いて、かかりつけ医がいれば、患者の了解の下にその医師あてに結果を知らせるように指示すると、端末操作の女性がすぐ結果をメールの形にして送ってくれた。
時にはまだ主治医のいない人もいたが、その場合は患者の希望を聞いて近くの医師を紹介することも佐藤医師の役目であった。この時は、文面はやや異なるが、同じようなメールが主治医に決まった医師のパソコンに届くことになる。
このような産業保健システムのおかげで、産業医と地域の開業医の連絡が非常に良くなり、患者の希望に沿った最も便利な診療が受けられるようになった。これも情報システムの進歩の1つだと佐藤医師は思った。
佐藤医師はある県立高校のスポーツドクターもしており、午前の診療が終わるのを待ち構えていたようにその高校から電話がかかってきた。電話は体育科の野田教諭からで、来週の体育の授業についての打ち合わせの件であった。校医ではないが、保健体育科の授業にスポーツドクターとして隔月に出向いているのである。隔月というのは、同僚で整形外科医の山田医師とコンビを組んで交互に出校しているためで、時間的にも無理がないし、また内科系と外科系を分担しているため気分的にも楽である。県医師会から推薦を受けた時に、その高校の強化種目がラグビーと聞いて、高校、大学時代を通して熱中していたラグビー部活動の一こまが頭をよぎったのも、スポーツドクターを引き受けた一因であった。
野田教諭からの問い合わせは講義の内容と準備すべき教材のことであった。うっかり忘れていたので、先月担当の山田医師との連絡をまだ取っていなかった。野田教諭には後で返事をすることにして山田医師に電子メールで前回の講義内容についてメモを送ってもらうことにした。思い出したついでに県医師会で開かれるカリキュラム委員会への出席の通知と、用意してほしい資料の一覧を電子メールで送った。この資料項目も実はインターネット情報から探し出したものであった。
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注 釈
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産業保健システム
産業医の選任義務のない、労働者50人未満の小規模事業所の労働衛生管理に対しては、地域医師会の委託を受けて運営している地域産業保健センターが担当し、地域医師会産業医会所属医師によって
(1) 労働衛生に関する相談窓口の設置(1ヶ月に2回、医師会館等で実施)。
(2) 事業場個別訪問指導。
(3) 労働衛生講習会、時には健康教育の開催。
等の事業を行っており、都道府県に1ヶ所ずつ設置された産業保健推進センターによって支援されている。経費は国(労働省)の負担となっている。
このシステムは1992年から4年間のモデル事業を終えて(埼玉県熊谷市医師会等実施)現在全国的に普及しつつある労働省の事業である。老健法健診の充実に比して、小規模事業所の労働者に保健サービスの格差ができてしまったための対応であった。
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スポーツドクター
日本医師会におけるスポーツドクターの構想は1985年頃からあったが、1988年にスポーツドクター講習会が始まり、1991年には認定健康スポーツ医制度が発足した。1995年9月末現在10,278名の認定医を輩出している。この認定健康スポーツ医制度は、健康スポーツ医の養成とその資質向上を通して地域保健活動の一環である健康スポーツ医活動の推進を図ることを目的としている。
ここに実例として京都府医師会の活動を揚げる。京都府医師会では公立高校にスポーツドクターを派遣し生徒の教育に貢献している。1992年、京都府医師会は京都府教育委員会から、府立高校普通科第V類体育系の生徒に対して、体育の教科及び運動部活動に医学的知識を導入するため、校医とは別に講師派遣の依頼を受けた。京都府下には第V類体育系の普通科を開講している府立高校は7校あり、京都府医師会は1992年4月より、各校に1名の日本医師会認定のスポーツドクターを派遣してきた。1995年度から各校2名に増員され、年間12回出校し、スポーツ医学の講義、スポーツ傷害の予防方法や科学的トレーニング方法の指導、生徒の健康管理等を行っている。ただ医師は教員免許を持っていないので保健体育の教諭とペアで講義や指導に当たっている。また京都府医師会ではスポーツ医学委員会や、府立高校普通科第V類担当者との協議会でカリキュラムや教材等について検討を重ね改善を図っている。